東京・浅草にある待乳山聖天(まつちやましょうでん)について調べていると、どうしても気になるものがあります。
大根です。
待乳山聖天では、本堂に大根をお供えするという珍しい参拝方法があります。
しかも境内を調べてみると、大根は単なるお供え物ではなく、待乳山聖天を象徴するものとして扱われています。
でも、なぜ大根なのでしょうか。
お米やお酒、果物などを仏様にお供えするのは分かります。
なぜ待乳山聖天では、数ある野菜の中から大根なのでしょう。
さらに調べていると、大根は「夫婦和合」とも関係しているようです。
大根と夫婦。
一見すると、まったく関係がなさそうです。
今回は待乳山聖天を実際に参拝する前に、
- なぜ待乳山聖天では大根を供えるのか
- 大根と夫婦和合にはどんな関係があるのか
- 大根と聖天さまにはどんな関係があるのか
- いつ頃から大根を供えていたのか
について予習し、実際に待乳山聖天へ行って確かめてみました。
待乳山聖天では本当に大根をお供えする
待乳山聖天では、実際に大根をお供えして聖天さまをお参りすることができます。
境内にはお供え用の大根が用意されていて、それを本堂へ持っていってお供えします。
観光客でにぎわう浅草の近くにあるお寺で、大根を一本持って本堂へ向かう。

初めて知ったときは、かなり不思議な参拝方法に感じました。
しかし調べてみると、待乳山聖天にとって大根は非常に重要な意味を持っているようです。
なぜ待乳山聖天では大根を供えるの?
参拝前に調べたところ、待乳山聖天で大根をお供えすることには、聖天さまの信仰と深い関係があるようでした。
そして実際に参拝した際、待乳山聖天でいただいたパンフレットに、その意味が説明されていました。

パンフレットによると、大根は人間の深い迷いの心や、瞋(いかり)の毒を表しているそうです。
その大根を聖天さまにお供えすることで、心の毒を清めていただく。
さらに、その功徳によって心身の健康、良縁成就、夫婦和合、一家の和合などの加護をいただくという意味が説明されていました。
つまり、
「聖天さまは大根が好きだから大根を供える」
というだけの話ではありません。
大根そのものが人間の迷いや怒りを表し、それを聖天さまにお供えするという意味があったのです。
これは実際に現地のパンフレットを読むまで、私もよく分かっていませんでした。
大根と「夫婦和合」はどうつながる?
参拝前に特に気になっていたのが、大根と夫婦和合の関係でした。
大根と夫婦。
どう考えても、すぐには結びつきません。
そこで調べていると、待乳山聖天では二股になった大根の意匠が使われることがあり、そこから男女や夫婦の結びつきを表しているという説明も見かけました。
私も最初は、
「二股の大根が男女を表しているから、夫婦和合なのかな?」
と考えていました。
ところが、実際に待乳山聖天でもらったパンフレットを読んでみると、少し違った見え方をしてきました。
現地のパンフレットでは「二股だから夫婦和合」とは説明されていなかった
待乳山聖天のパンフレットでは、大根について、迷いや怒りの毒を表すものと説明されています。
そして大根をお供えすることで聖天さまに心の毒を清めていただき、その功徳として良縁成就や夫婦和合、一家の和合などの加護をいただくとされています。
少なくとも、今回いただいたパンフレットには、
「大根が二股だから夫婦和合を表している」
という説明は見当たりませんでした。
予習していたときには「二股大根=夫婦和合」という分かりやすい関係を想像していましたが、現地で確認すると、もう少し奥の深い意味があったようです。
こういうところは、実際に行って資料を読んでみないと分かりません。
夫婦和合は「双身歓喜天」の姿とも関係していそう
待乳山聖天で祀られているのは大聖歓喜天です。
一般には「聖天さま」「歓喜天」とも呼ばれています。
歓喜天には、二尊が向かい合って抱き合う双身歓喜天として表される姿があります。
現地でもらったパンフレットにも、この「夫婦抱立」の姿について説明がありました。
そこでは、夫婦が抱き合う姿は「真俗の二義和合」を表し、自他が調和することの尊さを示すものとされています。
つまり待乳山聖天における「和合」という考え方は、単に二股になった大根の形だけから生まれたものではなさそうです。
聖天さまそのものに「和合」という大きな意味があり、その信仰の中で大根も重要な象徴になっている。
現地の説明を読んで、私はそのように理解しました。
そもそも大根はいつから歓喜天のお供え物なの?
ここで、もう一つ疑問が出てきます。
歓喜天には、いつから大根をお供えしていたのでしょうか。
待乳山聖天で比較的新しく始まった風習なのでしょうか。
それとも、かなり昔から大根を持って参拝していたのでしょうか。
今回、その起源そのものを特定することはできませんでした。
ただし、現地でもらったパンフレットに非常に興味深い資料が掲載されていました。
江戸時代にはすでに大根を持って参拝していた?
パンフレットには、江戸時代の待乳山を描いた「東都名所真乳山上見晴之図」が掲載されています。

説明によると、文政~天保年間(1818~1844年)の作品で、その中には大根を持った当時の信徒の姿が描かれています。
よく見ると、本当に大根らしきものを抱えて歩いている人物がいます。
これは面白い。
「大根を供える習慣がいつ始まったのか」という起源までは分かりませんでしたが、少なくとも江戸時代には、大根を持った信徒の姿が絵に残されるほど、待乳山と大根の関係が定着していたことがうかがえます。
今の参拝者が大根を一本持って本堂へ向かう姿と、江戸時代の信徒が大根を持って待乳山を歩く姿。
そう考えると、現在の少し珍しく見える光景も、長く続いてきた信仰の一部なのだと感じます。
歓喜天のルーツはインドのガネーシャ?
大根について調べているうちに、さらに気になったことがあります。
歓喜天のルーツをたどると、インドの神ガネーシャ(ガナパティ)につながるとされています。
象の頭を持つ神として有名なガネーシャです。
そこで参拝前には、
「境内のどこかにガネーシャらしいものがあるのかな?」
とも思っていました。
実際に待乳山聖天を歩きながら探してみたのですが、今回の参拝ではガネーシャと分かるものを私は見つけられませんでした。
さらに興味深かったのが、現地でもらったパンフレットの説明です。
パンフレットでは、大聖歓喜天について密教における大日如来の究極の方便の姿として説明されています。
つまり、私が予習で調べていた「インドのガネーシャを起源とする歓喜天」という歴史的な話と、待乳山聖天が参拝者向けに説明している聖天さまの意味には、少し違った視点があります。
ガネーシャがどのように仏教へ取り入れられ、中国を経て日本の歓喜天信仰へつながっていったのか。
これは大根とは別に、それだけで一つの自由研究になりそうです。
関連記事▶▶なぜ待乳山聖天にガネーシャがいる?聖天さまの正体と歴史を調べてみた
大根と一緒に描かれている「巾着」は何?
待乳山聖天について調べていると、大根と一緒によく登場するものがあります。
巾着です。
実際に現地でもらったパンフレットにも「大根と巾着」という項目がありました。
パンフレットによると、巾着は財宝を表し、商売繁盛・事業繁栄のご利益を示しているそうです。
つまり待乳山聖天を象徴する大根と巾着には、それぞれ異なる意味があります。
- 大根……迷いや怒りの毒を表し、それを供えて清めていただく。良縁成就・夫婦和合・一家和合などにつながる
- 巾着……財宝を表し、商売繁盛・事業繁栄のご利益を示す
意味を知らなければ単なる模様として通り過ぎてしまいそうですが、予習しておくと境内を見る楽しみが一つ増えます。
実際に待乳山聖天で大根と巾着を探してみた
予習では、待乳山聖天の境内には大根や巾着をモチーフにした意匠がいくつもあると知りました。
そこで実際の参拝でも、境内を歩きながら探してみました。
提灯や境内の装飾など、いろいろな場所に大根や巾着が使われています。

事前に何も知らずに来ていたら、おそらく見落としていたと思います。
「ここにもある」
「こんなところにも使われている」
と探しながら歩けるのも、予習してから参拝する面白さでした。
実際に大根をお供えしてみた
そして今回、私も実際に大根をお供えしました。
境内にはお供え用の立派な大根が並べられていて、一本300円でした。

「大根は手前からお取りください」と案内されていたので、一本いただき、本堂へ向かいます。
予習していなければ「お寺に大根を供えるなんて珍しいな」で終わっていたと思います。
でも今回は、大根が自分たちの迷いや怒りの毒を表し、それを聖天さまにお供えするという意味を知っています。
同じ大根でも、意味を知ってから手にすると少し見え方が変わりました。
そして本堂で、家族が仲良く健康で、毎日を楽しく過ごせるようにお祈りしました。
お供えされた大根は「お下がり」としていただける
さらに面白かったのが、お供えした後の大根です。
聖天さまにお供えされた大根は、そのまま処分されるわけではありません。
境内では「お下がりの大根」として参拝者がいただくことができます。

現地の案内には、聖天さまのお供え物を食べれば力を得られるという趣旨の説明があり、持ち帰ることができます。
私も一本いただきました。

大根を持ってお寺へ行き、大根をお供えして、今度は聖天さまに供えられた大根をいただいて帰る。
予習していたときには「なぜ大根なんだろう?」という疑問から始まりましたが、実際に体験してみると、大根が待乳山聖天の信仰の中に深く組み込まれていることが分かりました。
予習してから参拝すると「大根」の見え方が変わった
待乳山聖天へ行く前、私が一番気になっていたのは単純な疑問でした。
「なぜ、お寺に大根を供えるんだろう?」
さらに調べているうちに、「二股大根だから夫婦和合なのかな」と考えるようになりました。
ところが実際に参拝し、現地でもらったパンフレットを読んでみると、それだけではありませんでした。
大根は人間の迷いや怒りの毒を表す。
それを聖天さまにお供えして、心の毒を清めていただく。
その功徳によって、心身の健康や良縁、夫婦和合、一家の和合などの加護をいただく。
そして江戸時代の絵を見ると、すでに大根を持って待乳山を訪れる信徒の姿が描かれている。
一本の大根から、思っていた以上にいろいろなことが見えてきました。
結論|待乳山聖天ではなぜ大根を供えるの?
今回、待乳山聖天の大根について予習し、実際に参拝して現地のパンフレットまで確認してみました。
分かったことを整理すると、
- 大根は待乳山聖天を代表する象徴の一つ
- 大根は人間の深い迷いや怒りの毒を表している
- 大根を供えることで聖天さまに心の毒を清めていただくという意味がある
- その功徳として心身健康、良縁成就、夫婦和合、一家和合などが説かれている
- 現地パンフレットでは「二股大根だから夫婦和合」とは説明されていなかった
- 歓喜天の夫婦抱立の姿には「和合」という意味が込められている
- 巾着は財宝を表し、商売繁盛・事業繁栄を象徴している
- 江戸時代の絵にも、大根を持った待乳山の信徒が描かれている
- お供えされた大根は、お下がりとして参拝者がいただくことができる
一方で、今回調べても「いつ、どのような経緯で歓喜天に大根を供えるようになったのか」という起源そのものまでは分かりませんでした。
また、歓喜天のルーツをたどるとインドのガネーシャへつながりますが、今回実際に境内を歩いてみても、私はガネーシャと分かるものを見つけることができませんでした。
むしろ現地のパンフレットでは、大聖歓喜天を大日如来の究極の方便の姿として説明しています。
インドのガネーシャが、どのように日本の「聖天さま」へとつながっていったのか。
大根について調べていたはずなのに、今度はこちらが気になってきました。
この疑問については、ガネーシャが仏教に取り入れられ、日本の歓喜天信仰へつながっていった歴史を別の記事で調べてみたいと思います。
関連記事▶▶ガネーシャ
今回の待乳山聖天も、予習してから実際に歩いてみることで、何も知らずに参拝するよりずっと多くのものを見ることができました。
最初はただ不思議に見えた一本の大根。
その意味を調べ、実際にお供えし、江戸時代の信徒も同じように大根を持っていたことを知る。
予習して、現地で確かめる。
今回も、いい自由研究になりました。


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